起業きっかけストーリー第一章 第三話

第一章 思い立ってから起業まで

第三話 就職活動

大学3年生、ほとんどの学生がこの時期に就職活動なるものを開始して4年生の夏ごろか遅くても秋ころには内定をもらっているという流れだ。

ここで思わぬ壁に直面した。

就職活動を一緒にする仲間がいないのである。

だがそれも当然、教育大学は学校の先生になるための大学。私の周りはみな教員採用試験に向けて勉強を開始していた。

今思うと就職活動はなんてことないのだが、当時の大学生の私にとってはまったくの未知の世界で、エントリーシートと履歴書の違いや企業説明会の意味すらわかっておらずとても困惑していた。いやバカすぎた・・・
他にも教員以外の進路を希望する友人や先輩もいたが、みな公務員志望だったのでとにかく相談する人もおらずまた孤独感を感じずにはいられない毎日だった。

でも私の頭の中ではどの業種に就職するかだけは決まっていた。

①広告業界(業種問わずいろいろな人脈を持てそう。自分のブランドを立ち上げるためにいろいろなデザインに触れて勉強できそう。)
②絶対営業職につく(社長になるための近道は営業だ!)

この二つである。
(結果、印刷会社に就職したわけだが、広告代理店と印刷業の違いがわからなかったのだ)

就活生ならおなじみのマ○ナビを毎日食い入るように見ていたある日、こんな募集要項が目にとまった。

そこは小さな田舎の印刷会社で、

・初めての新卒採用!
・札幌オフィス新設のために新卒採用します

というものだった。

またもや私の「これだ!」という直感が働き、(しかも筆記試験なし!)迷わず応募。

なぜここが気になったかというと、初めての新卒採用=明確なルールが決められていないはず=自由に営業活動できるはず=自分の好きな人脈が作れる!

この理由が一番の志望動機だった。

1次面接、2次面接、最終面接くらいやっただろうか。

その間、私の本気度を見せるためにそこ以外一切応募はせず、面接の際にも
「私ここしか受けてないんです!」

と、やる気を存分に見せたおかげか、この子大丈夫かといった仏心か、無事内定をもらうことができた。

残りの大学生活は、なんとな~く過ごし、ついに社会人となるのである。

つづく

 

起業きっかけストーリー第一章 第二話

第一章 思い立ってから起業まで

第二話 きっかけの一言

毎日がつまらなく、欝々とした大学生活を送っていたある日、

こんな言葉が飛び込んだ。

どこからどうやってその話になってしまったのかはもう忘れてしまったが

今はナナクラ昆布の誕生秘話にはかかせない祖父のこの一言

「体が動かなくなったら商売を辞める」

この言葉を聞いた時に、

別に誰からなにを言われたわけでもないが勝手に

昆布を後世につなげたい、木村七蔵商店の名前を残すために新しい昆布を作ろう!

と使命感に燃えたのであった。

母に、「私が昆布を継ぐ。継げなくて形が変わったとしても、名前を残したい」と伝えたところ、何を馬鹿なことを言っているのかと一笑されたが、とりあえず聞こえないふりをした。

やっと目の前が明るくなり、自分の行くべき道筋が目の前に現れたような気がした。

目標は30歳までに起業だ!そう決めたときはまだ大学3年生半ばの21歳。そのときは30歳までは本当に遠い未来に感じていた。

就職活動の時期だった。

つづく

 

起業きっかけストーリー 第一章 第一話

前回の記事 プロローグ

 

第一章 思い立ってから起業まで

第一話 大学生活

大学生だった当時、私は常に欝々としていた。
目標がまったくなかったからだ。

進学した先は教育大学岩見沢校。それだけ聞くと、少しだけ優秀に聞こえるかもしれないが、とにかく進学の動機が不純すぎるのであった。

小学生から高校までひたすら部活動の剣道に打ち込んだせいで、
私は剣道に対してすっかり燃え尽き症候群になっていた。

高校まで剣道を続けた人は、大体は剣道部の環境が整った大学へ進学することが多い。
それはさらに強くなるためや、はたまた好きだから続けたいなど様々である。

が、私はもう二度と剣道はごめんだということで、当時剣道部としては無名だった
教育大学岩見沢校への進学を希望した。(学科が変わった現在は道内外から強者が入学してくる強豪校だ)

教員になりたいわけでもなく「剣道をやめたい!」この一心で教育大学を希望したのである。

教員になるための学校なのに、(当時は教員養成課程が主でした)教員志望でもなく、
かと言ってこの大学に他の希望も目標もなくただなんとなく入学した結果、
当然私の心にはぽっかり穴が開いてしまった。

剣道の他に美術が好きだったため美術専攻をし、そこでの専門の授業が楽しかったのと、
良い友達に巡り合えたのが幸いであった。

しかし、高校までの輝きは確実に失い、ただただ剣道を辞めてしまったことへの後悔を背負った大学生活。楽しいことや大学生ならではの刺激もたくさんあったが、それでも私の心は満たされず、

「自分が存在する意味」や
「生きる糧」

を、毎日探していたのだった。

親の金で大学に入ったにも関わらず、なんて親不孝なやつだと我ながら思う。

そんな欝々とした大学生活だった私に、希望の光が差し込んだ。

 

 

 

つづく

そんなこんなで立ち上がったナナクラ昆布はこちらから
http://nanakura-kombu.com

 

 

 

起業きっかけストーリー プロローグ

プロローグ

ナナクラ昆布はもうみなさんご存知の通り、2代目昆布漁師だった私の祖父が「自分の体が動かなくなったら昆布の商売をやめる」と言ったのをきっかけに立ち上がりました。

しかし、思い立ってすぐに立ち上がったわけではありません。
その時の私はまだ22.3そこそこの大学生。

田舎者&世間知らずだった私。そんな小娘に起業なんてできるわけありません。

とりあえず、30歳までに起業しよう!という目標をたて、29歳になる2015年4月に、
目標の年齢まであとわずか1年のぎりぎりセーフで起業に至りました。

起業してからがスタート、本番ですので、(起業そのものは言ってしまえば紙一枚提出するだけでだれでもできますので・・・)起業からわずか1年しか経っていないこんなペーペーが語るのはまだ早いとわかってはおりますが、10年近く構想を温めて温めてやっと起業したということについては私にとって、とても感慨深いことなのです。

当時20歳そこそこの私が立てた目標の中を今走っている私。

やりたい!と思い立ってから、起業に至るまで、さらには1年経ってみてのことをちょくちょく語っていこうかなと思います。

http://nanakura-kombu.com